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コラム

フォトグラファーへの道 vol.1

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フォトグラファーを志したきっかけ

カメラマンってちょっと特殊な職業だと自分でも思います。
どうやったらなれるの?とよく聞かれます。
これが参考になるかどうかわかりませんが、私の歩んだ道を少しだけお話させていただきます。

私は小学校からずっと野球少年でした。
大学まで野球を続けて、他にやりたいことも見つからず、将来どうしようか…と悩んでいた時に、野球部の先輩でドラフトにかかる選手がいました。

その先輩はドラフトの超目玉選手で、ジャイアンツに1位で逆指名で入団した選手でした。野球が分かる人には分かる、上原浩治という選手です。のちに日本人初のワールドシリーズ胴上げ投手になります。
当然ドラフトの目玉ですから、毎週のようにマスコミが来ます。

そのマスコミを見て、「カメラマンってかっこいいかも」と安易に思ったところから、私のカメラマン人生は始まったのです。

後日、進路室に行き、「新聞社に入るためにはどうしたらいいのか?」を調べました。
「新聞社って、記者と写真記者ってのがあるんだ。写真を勉強するにはどうしたらいいんだ?」
とさらに調べると、
「へぇ、写真の専門学校っていうのがあるんだ」そんな調子でした。

インターネットが出始めた時代でしたから、今ほど情報がなく写真の専門学校なんて聞いたことないとハガキを出して資料請求をする日々。
カメラをさわったこともないけど写真をやるとだけ決めて、大学卒業を迎えました。デジカメなんてものは存在せず、まだフィルムの時代のことです。

写真専門学校ってどんなところ?最初の授業での衝撃

何も知らずに写真の専門学校に行った私を待っていたのは「50人撮り」という授業です。

一眼レフなんてものを触ったこともないのに、学校のカメラを持たされ、街へ繰り出し「50人撮ってくるまで帰ってくるな」という授業でした。知らない人に声をかけて、きちんと正対させて、写真を撮らせてもらうのです。対象者は大人のみです。子供を撮影してはいけません。

スポーツカメラマンになりたかった私にとっては理解しかねる内容でした。
「いやいや写真の撮り方教えてよ」って心の中でつっこんでましたが、大学を出てから専門学校に行くというドラ息子だったため、そう簡単にあきらめるわけにはいきませんでした。

周りを見ていると、どんどん撮影している人もいるし、なかなか声をかけられずにモジモジしている人もいました。

あとで理解するのですが、この授業は『人』に強い人と弱い人が一発で明らかになってしまう残酷な授業なのです。当時はそれも分からず、がむしゃらに声をかけてとにかく数をこなしていました。

声をかけても心が通っていなければ、相手がよそよそしい表情になるため、写真を見れば『人』に強い人なのか弱い人なのか、すぐにバレます。
要はコミュニケーション能力のテストなのです。こちらが緊張していると、相手も緊張してしまいます。そもそも「何に使う写真ですか」と簡単に断られます。何も悪いことをしていないのに、断られるととてもへこみます。
子供を撮ってはいけないというルールは、自分よりも弱者で声がかけやすく撮りやすく簡単に撮影ができてしまうからです。

それでも中には「撮った写真をプレゼントする」と約束をして、連絡先まで交換してくる人がいました。明らかに見た目が超怖い人や、酔っ払いやホームレスの人たちと仲良くなって撮影してくる人、50人をはるかに超えて100人撮影してくる強者までいました。
逆にギブアップして帰ってくる人、そのまま逃げて1週間足らずで学校を辞めてしまった人もいます。

私は、半分やけくそで50人なんとか撮りきったというだけで、相手と心を通わせてきちんと相手を見て撮っている写真ではありませんでした。中には全部目つぶりで、使えない写真もありました。当然先生にも「逃げ腰の写真だな、お前びびりだな」なって酷評されました。人に強い人は、50人全員がきちんとカメラを見て笑顔なのです。

そこで「人を撮る」というカメラマンの適正が分かってしまうのです。

今なら、町行く人なら、誰にでも声をかけられますが、当時の私にとってはとても苦痛でした。前述したようにスポーツカメラマンになりたかったからです。でもそれは、世の中に出て違うということを知るのです。

>>Vol.2へ続く